6.25.2010

Manner of Mick Ronson (part.1)


 ミック・ロンソン・サウンドのお話です。グラム・ロック時代(だいたい1971年から1973年まで、とお考え下さい)、デヴィッド・ボウイのギンギンなサウンドの中核にあるのは間違いなくロンソンのギンギンなギター・サウンドなわけでして、世界中のギタリストがあの中域モッコリなギター・サウンドにホレボレし、よだれをたらして憧れたわけですね。当方もその一人な訳でして、以来いろんな方法を試したりしたのですが、結論を先に言ってしまえばなかなかああいう音は出ません(といいますか、個人的には「名作/名盤のギター・サウンドをそのまま再現」なんてことは、どんな人でも出来たタメシがない、と思うんですが、そこはそれぞれの「納得」のポイントというものがあるので、断言はできませんけど)

 で、これは完全に当方の独自研究、そしてネットを通じていろんな人に質問したり確認したり、の上での話でしかありませんが、ここでミック・ロンソンのあの独特のサウンドはどうやってできてたのか、の検証をしてみようと思います。

 先にお断りしなければならないのは、ここで扱うテーマは「ロンソンの基本セッティング」から出る音の話だ、ということです。レコーディングされた音はその方法やエンジニアの処理でいろいろ変わるのはご承知のことと思われます。ですから、最も基本的なセッティングでのロンソン・サウンド、つまりライヴでの音、ということになります。もちろんスタジオ録音モノでも同じセッティングをしたと思わしきサウンドを聞く事も出来るので、完全にスタジオとライヴでは違う、とは思えませんが。
 以下、当方の知る限りの情報と、メール等を通じて世界中のファン等に聞いてみた話、そして写真や当時を知る人物の証言等から検証できる事実をふまえて、ロンソン・サウンドを機材面から考証してみたいと思います。

 で、最も重要なポイントとして、ミック・ロンソン本人が使用した楽器に関して。1973年、本人がインタビューで答えていますが、正直その中身は写真とかを見ればわかるだろ、という類いのものではあります。ソースは73年7月9日メロディー・メイカー紙のインタビューで、この発言はロンソンのオフィシャルHPや、バイオ本にも記載されています。それらをまとめると以下のようになります。

・ギターは 1968 GIBSON LES PAUL CUSTOM(Groverペグ)
・弦はロトサウンドの009-044というゲージ
・アンプは MARSHALL MAJOR 200W
・キャビは(初期には2段でしたが)1960のAキャビ1つ(スピーカーはCELESTION G12 x 4)


 すでにこの時点で、200Wのアンプを120Wのキャビでならす、という無謀な事をやらかしてるわけですが、もうひとつ重要なのは、LES PAUL CUSTOMのトップの塗装を全て剥いでいる、ということです。これは1969年1970年に自ら剥いでいる事がわかっています。

 で、このサイト的に重要なのは、使用エフェクターです。同じインタビューでそれらにも本人が触れています。原文では I use a Cry Baby wah-wah pedal and an American Tonebender which used to belong to Pete Townsend. とあります。またこれが面倒くさい問題をはらんでいる発言なわけで(笑)。なんなんだよ、アメリカ製TONE BENDERてのは、と(笑)。いろんな人にこの発言の真意を確認するために聞いてみたりもしたんですが、皆の答えは「ただ間違っただけでしょ」とのこと。
 同じインタビューで、このTONE BENDERは以前ピート・タウンゼンドが所持していた事、それを実際に入手した事にも触れています。何よりロンソンの足元に映った写真が何よりの証拠となって、これはソーラー・サウンド製TONE BENDER MK1であることは動かしようのない事実なわけです。つまり、まごう事なき英国製です。

 そんなわけで基本エフェクターとしては、これまでも何度か書いてきましたが、ファズとワウ。これだけです。
・ソーラーサウンドTONE BENDER MK1
・JEN CRY BABY

となります。これらはスタジオでもライヴでも、実際に写真で確認できますよね。ちなみに1973年、デヴィッド・ボウイが日本公演を行った際にのこされた写真でも、ロンソンの足下にはTONE BENDER MK1があることが確認できます。右に掲載した写真は日本公演ではないですが、1973年のボウイのステージ写真です。ワウに関しては少なくとも2ケ持っていたようで、初期にはイギリス製のVOXワウ(プロトタイプ)を、後にはフロントにロゴがある通常のJEN CRY BABYを使用したようです。

 プロトタイプのワウとは、ジミー・ペイジ等が所持したものと同じ、イギリスのソーラーサウンドが製造したもので、シルバー・ハンマートーンの筐体にワウ回路をつっこんでみた、という英国VOXブランドのワウのことです。市販されていないのでは、ともいわれているモノなんですが、ロンソンがこれをどうやって入手したかは不明です。ただし上記インタビューにて「ピート・タウンゼンドが使用した機材をいくつも入手できるチャンスがあった」と語っているので、そんな流れだったのかもしれません。ジミー・ペイジやジミヘンとは違って、当時のロンソンはそんな著名なギタリストだったハズもありませんので、メーカーから貰ったとは考えづらいですね(笑)。
 いつ入れ替わったのかは正確にはわかりませんが、写真で判断する限り、ボウイと一緒にやるようになった1971年頃にはどうも既にCRY BABYになったようです。というか、ロンソンの極初期の写真にしかその銀色のワウを確認できるモノがないから、なんですが。

 上記の機材に関しては、ミック・ロンソン・ファンのギタリストであれば、誰でも知っていることかと思われます。ただし、1973年、つまりスパイダースの後期になると、接続されるエフェクタが一個増えます。それは
・MAESTRO ECHOPLEX EP3
です。「MOONAGE DAYDREAM」で有名なエコー・ディレイ・サウンドはこのエコー・マシンによるものですが、実は73年頃まではライヴでこれを使っていませんでした(72年のサンタモニカ・ライヴを聞けば、エコーを使っていないことが確認できます)。
 70年代ロック・ファンならピンときたと思いますが、ジミー・ペイジやリッチー・ブラックモア、そして鈴木茂(はっぴぃえんど)等もそうであったように、このテープ・エコーがもたらす「ブースト機能」、とりわけECHOPLEXのソレが、ミック・ロンソンのサウンドに更に色を付けていたということですね。右の写真は、有名な73年7月3日のハマースミス・オデオン公演、つまり「ZIGGY STARDUST LIVE」が録音された日の写真ですが、ボウイの後ろに、ロンソンのギターが接続されているECHOPLEXが見えます。(この項続く)
 

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